2026.1.19

ガンから気づく事とは

ある癌体験者で、そこでの経験も加味して、
多くのガン患者さんとホリスティックな面から
サポートされて来た方がおられる。

何回もお会いした。

その方が、ガン患者さんに
「ガンに罹っておめでとう」と
言ったそうだ。

私はその事はガン患者さんに
どの様に響くのだろうか。

かなりショックのことば
ではないかと推察していた。

普通に聞けば、
「ガンに罹って何がおめでたいのか?」と
反論したくなるだろう。

私は直接にその話を
伺ったか否か定かでない。

その方が患者さんに
何を言いたかったのだろうか?

恐らく、進行がんでその先が
見えない時。

「この先、どうなるのだろうか」と。

その様な状況では、誰もが不安と絶望感に襲われるのでは、
ないだろうか。

敢えて、「おめでとう}と話された真意をなんなのだろう。

おめでとうと絶望の関係とは。

ガン患者さんが「もう、これ以上どうすることも出来ない」
と降参した時。

それは、「神様、私にはどうにもできません。私の小さな知恵
では、この人生をどう生きたらいいのか、全くわかりません」

実は、この時に不思議な事が起こると言われます。

今まで、私が何とかしなければならないという、
自分への責任感が音もなく崩れる。

希望が崩壊した後に残ったのは「静寂」

私は頑張らなくてもいい。

その患者さんの心が降参と「白幡」を掲げた時、
そこに「全体性」が姿を現す。

自分をコントロールしてきたと思っていた
自我は出る幕がなくなった。

自我の欲望や執着を手放さざると得ない。

そこには「深海の静けさ」がある。

もう自分は何をしなくてもいい。

全て源泉(神)からのエネルギーにより、
自動的に完璧なタイミングでなされる。

私というエゴがいなくなると、
全てはスムース。

摩擦や葛藤が少なくなる。

全ては源泉(神)意志の中で
起きている。

委ねる事により、
人生は軽やかになる。

その方は、この様な事を
伝えたかったかもしれない、
そんな思いが浮かんできた。