2026.1.28

青い鳥はどこにいる。

私たちは地球を舞台とした、
一人ひとりや役者をしている。

そこで、人生のドラマが起きる。

それは、とても現実味がある。

ドラマの役者はそれぞれが、
個別の個性を持っている。

いい役を受け持っている人も、
悪い役を受け持っている人も
いる。

それぞれの役者がエゴを持っているから、
常に比較があり賞賛と失望が同居している。

良い事をしても、徳を積み重ねても、
社会的には評価されても、個人で
いえば、「エゴの餌」になっている。

犯罪は悪い事をしたとわかり易い。

どころが、私が良い事をしたと思っている、
その行為がエゴを強化する。

エゴは見えない鎖で自分を縛っている。
鎖は賞賛であったり、正しさであったりする。

エゴを捨てようとするのは、無理なのだ。

エゴがエゴを捨てる筈がない。

それを変えるたった一つとは

「在るがままに見る」ことだと
ラメッシは言っている。

私たちは普段エゴと同化している。

ただ、エゴは見られている時には
存在できない。

その気づきが「観照」だ。

思考・感情に気づく。

それを観客の様に、
ただ、ただ、眺める。

エゴは観照されると、
実は行為者はいなかったことに気づく。

波は高かったり、低かったり、人生での
浮き沈みはある。

しかし、私たちは海そのものなのだ。

元々、そこには肉体と精神を司る
巨大なエネルギー、神の意志がある。

探していた青い鳥は元々あったのだ。