
インドでは伝統的に「非二元論」「不二一元論」という思想が
脈々と受け継がれている。
中国では「タオ」として日本で「仏陀」により
広まっている。
この考え方は一言でいえば、
「行為は行われても行為者はいない」
という教えだ。
そんなバカな!!
自分で考えて、自分の意志で行動しているのでは、
ないかと普通考える。
ただ、よくよく振り返ると。
「朝、目が覚めたのは自分の意志」
「呼吸をしているの自分で決めている」
「心臓の脈拍も自分でコントロールしている」
これらのことは意識しなくても
自動的に起こっている。
それって、自律神経がやってくれている、
と思う。
では、その自律神経をコントロールしている
のはどの様な存在なのだろうか。
その素は「生命」「命」。
生命があるから私たちは
生きている。
いや、生かされている。
私たちの悩みは自分で自分を
コントロールできると思っている。
そこに原因がある。
実は、普通自分と思っている自分は、
「自我」と呼ばれている。
どうも「自我」仮の姿らしい。
自我は肉体の死と共に消えて行く。
だから、自我は死を恐れる。
ただ、その自我をそっとみつめている
もう一人の自分がいる。
その存在は「真我」とも呼ばれる。
真我は肉体とは別なので、
肉体が滅びても残っている。
二人の私を理解して、
日常生活に活かすこと。
それにより平安な自分を
静かに感じることができる。


