2026.4.23

一緒にいる、というやさしさ

前回は、気づかないうちに動いているもののお話をしました。

今回は、その中でも

「身体の声」に、もう少し近づいてみます。

身体は、いつも話しかけている

疲れた、と感じる。

肩が重い。

胃のあたりが、なんとなく重い。

身体は、いつも何かを伝えています。

でも、忙しい時ほど、

その声は聞こえなくなります。

聞こえないのではなくて、

聞いていないだけ、かもしれません。

聞かないと、声は大きくなる

小さな声のうちに気づいてもらえないと、

身体は少しずつ、声を大きくします。

疲れが、だるさに。

だるさが、痛みに。

痛みが、病気に。

身体は、ちゃんと伝えようとしてくれているのです。

ずっと我慢させてきたのに、

それでも、伝えようとしてくれる。

やさしいな、と思います。

治そう、としなくていい

身体の声に気づくと、

すぐに「どうにかしなきゃ」と思います。

ストレッチをしよう。

睡眠を見直そう。

病院に行こう。

それはそれで、大切なことです。

でも、その前に、

ほんの少しだけ、

ただ感じてみる時間があってもいい。

一緒にいる、ということ

肩が痛い時、

「早く治ってほしい」と思います。

痛みは、敵のように感じられます。

でも、もし、

治すでも、追い払うでもなく、

ただ「一緒にいる」ことができたら、どうでしょう。

「痛いんだね」

「しんどいんだね」

そう、声をかけるように。

向き合う、ではなくて

「向き合う」という言葉には、

少しだけ力が入ります。

正面から、ちゃんと対峙する。

解決しようとする。

でも、身体との関係は、

もう少しゆるくていいのです。

向き合うのではなくて、

一緒にいる。

同じ方向を見て、並んで座っているような。

痛みも、疲れも、

そこにいていい。

追い出さなくていい。

気づいている何かは、痛みじゃない

痛みがある時、

自分ぜんぶが痛みになったように感じます。

でも、第4回のお話を思い出してみてください。

感情の「中」にいる時と、

「外」から見ている時。

痛みも、同じです。

痛みの「中」にいる時は、

痛みが自分そのものになる。

でも、その痛みに気づいている何かが、

いつもそこにあります。

その何かは、痛みではありません。

小さな問いかけ

身体がしんどい時、

もし余裕があれば、こう問いかけてみてください。

「今、この痛みを感じているのは、誰だろう」

答えは出なくて大丈夫です。

問いかけた瞬間に、

痛みと自分の間に、ほんの少しの隙間ができます。

痛みは消えないかもしれません。

でも、痛みに飲み込まれずに、

一緒にいられる場所が、

少しだけ広がります。

身体に、ありがとうを

一日の終わりに、

もし思い出したら、

身体にそっと、ありがとうを言ってみてください。

足に。

手に。

胸に。

お腹に。

ずっと、動いてくれていた。

ずっと、ここにいてくれた。

特別なことをしなくていい。

ただ、気づくだけ。

そこにいてくれたことに。

次回予告

次回は、心の疲れや、眠れない夜について、

お話ししてみたいと思います。

身体が疲れるように、

心も疲れます。

でも、心の疲れは、

身体の疲れよりも、

気づきにくいものです。

今、この文章を読んでいるあなたの身体にも、

伝えたいことがあるかもしれません。

少しだけ、耳をすませてみてください。