
久し振りに文章を書いています。
団地の有志の人たちが小さな、いくつもある花壇を丁寧に管理して下さっている。
お陰様で、季節ごとの花を楽しめる。
この文章を書いているのは誰。
「勿論、私」
「その私って誰」
インドの賢者たちは言う。
「行為は行われても、
行為者はいない」
この感覚はどの様にしたら、
味わえるのだろうか。
「私」という言葉を主語にしないで、
かつ、文章を受身にしてみる。
「私がこの文章を書いている」
普通はこの様に思う。
「この文章が書かれている」
「この文章が書かされている」
時々、主語を除き、受け身にすると
「生かされている」この言葉も
自然に感じられる。


