2026.5.16

説明しない世界

私たちは日常の中で、

常に「説明」をして生きている。

 

「あの人はこういう人だから」

「自分はこういう性格だから」

「これはこうあるべきだ」と。

 

説明は、物事を理解するためには大切だ。

社会の中で生きる上でも必要になる。

 

そこには、判断を伴うことがおおい。

 

しかし、説明が増え過ぎると、

私たちはいつの間にか、

自分で作った考えの中に閉じ込められてしまう。

 

例えば、誰かに強い言葉を言われた時。

 

説明の世界では、

「あの人が悪い」

「自分が否定された」と反応が始まる。

 

反応が判断に結びつく。

 

すると感情はどんどん大きくなり、

苦しみも増していく。

 

一方で「気づき」は少し違う。

 

「あ、今、心が反応している」

「怒りが湧いている」

と、そのまま見ている。

 

そこには、良い悪いの判断が少ない。

 

ただ、起きていることに気づいている。

 

気づきがあると、

出来事と感情の間に、少し空間が生まれる。

 

この少しの空間が大切なのだ。

 

その空間が、

私たちを少し自由にしてくれる。

 

説明は頭を使う。

気づきは、静かに見ている。

 

もちろん、説明が悪いわけではない。

ただ、説明だけで生きていると、

人生は少し重くなる。

 

時には立ち止まり、

風の音を聞く。

空を見る。

呼吸を感じる。

 

そこには、説明のいらない世界がある。

 

そして、その静かな時間が、

私たちを本来の場所へ戻してくれるのかもしれない。