
私たちは日常の中で、
常に「説明」をして生きている。
「あの人はこういう人だから」
「自分はこういう性格だから」
「これはこうあるべきだ」と。
説明は、物事を理解するためには大切だ。
社会の中で生きる上でも必要になる。
そこには、判断を伴うことがおおい。
しかし、説明が増え過ぎると、
私たちはいつの間にか、
自分で作った考えの中に閉じ込められてしまう。
例えば、誰かに強い言葉を言われた時。
説明の世界では、
「あの人が悪い」
「自分が否定された」と反応が始まる。
反応が判断に結びつく。
すると感情はどんどん大きくなり、
苦しみも増していく。
一方で「気づき」は少し違う。
「あ、今、心が反応している」
「怒りが湧いている」
と、そのまま見ている。
そこには、良い悪いの判断が少ない。
ただ、起きていることに気づいている。
気づきがあると、
出来事と感情の間に、少し空間が生まれる。
この少しの空間が大切なのだ。
その空間が、
私たちを少し自由にしてくれる。
説明は頭を使う。
気づきは、静かに見ている。
もちろん、説明が悪いわけではない。
ただ、説明だけで生きていると、
人生は少し重くなる。
時には立ち止まり、
風の音を聞く。
空を見る。
呼吸を感じる。
そこには、説明のいらない世界がある。
そして、その静かな時間が、
私たちを本来の場所へ戻してくれるのかもしれない。


