
写真は修整がかなり楽に出来るようになった。
自我(エゴ)は、私たちがこの世界で生きていくために必要なものだ。
同時にそれは、悩みや喜びが生まれる源でもある。
私たちの思考の多くには、
「私は〇〇だ」「私は〇〇している」
というように、必ず主語として「私」が登場する。
そして、その「私」こそが本当の自分だと、
私たちは長いあいだ信じ続けてきた。
ところが――
インドの賢者たちは、こう語る。
その「私」は、真の私ではない、と。
真の私とは、
真我、源泉、宇宙、神――
個としての私を超えた、より大きな存在に属している。
真の私は、
エゴが日々演じている人生というドラマを、
いつも静かに見守っている。
ありがたいことに私たちは、
ドラマの主人公であると同時に、
そのドラマを客観的に眺める「観客」にもなれる。
この在り方を「観照」という。
エゴの関与を少なくするための、
とてもシンプルな方法がある。
それは、
「私は〇〇している」と捉える代わりに、
「〇〇が、私を通して起こっている」
と意識してみることだ。
主語は「私」ではなく、「起こっていること」になる。
ここに、
「行為は行われても、行為者はいない」
という真理がある。


