2026.2.11

誰もが持っている自分

休日の雨の朝。

今日一日、好きに過ごせる。
自分で自由に時間を過ごせる。

最近は読書より、YouTubeを
聴いている。

目で見るより、耳から聴いたほうが、
楽だ。

動画で高市総理の車での
移動が載っていた。

車列を組み、道路の合流地点では、
護衛官が「箱の乗り」をしている。

暴走族以外では滅多に
見かけない光景。

そういえば、遥か昔にイラクに
行った時。

道路が通行止めになっている。

その訳はフセイン大統領が
移動するための交通規制だった。

心は、思考、感情、記憶などから
成りたっている。

これらは時間と共に変わって行く、
肉体も同様だ。

その変わり行くものに、
一喜一憂している。

しかし、その背後に
揺るぎない存在がある。

その静寂で変わらない存在。

だれもが「在る」という形で
所有をしている。

これを意識した一瞬に、誰もが、
何ごとにも左右されない私がいる。