2025.5.6

ヴァッド・ギータの教え ③ 死を乗り越えて

連休最後の日、いかがお過ごしでしょうか。

しっとりとした朝。少し肌寒い風に包まれながら、

静かに心が内側へ向いていく…

そんな時間も、なんだかいいものですね。

先日、鎌倉で食べた「くず餅ソフト」。

くず餅の優しい柔らかさと、冷たいソフトのなめらかさが口の中で溶けあって、

「一瞬の味わい」の中に、なぜか深い安らぎを感じました。

そのとき、ふと考えたのです――

「死って、なんだろう?」

私たちはなぜ、死をそれほどまでに恐れるのでしょうか。

それはきっと、「自分はこの身体だけ」

だと思い込んでいるからかもしれません。

でも――

『バガヴァッド・ギーター』は静かに、

しかし力強く教えてくれます。

「魂は決して滅びない。

火で焼かれることもなく、水に濡れることもない。

風に吹き飛ばされることもない」と。

そう、私たちの本当の姿――

魂(アートマン)は永遠なんです。

日々、私たちは名前や肩書き、役割や立場で

「これが私」と思ってしまうけれど。

本当の自分はもっと奥にいて、

感情や思考をそっと“見ている”静かな存在。

怒っているときも、悲しいときも、

ふと「そんな自分を見つめている目」がある。

その目の奥にいるもの――

それが、真の自己=アートマンなのかもしれません。

とはいえ、私たちはつい、

「もっと認められたい」
「成功したい」
「こうでなきゃ」と。

自我(エゴ)の声に振り回されがちです。

その声は、過去の後悔や未来への不安を引き連れてきます。

でも、ほんのひととき、静かに目を閉じて、

自分の呼吸や鼓動にそっと耳を澄ませてみませんか。

何かがふっと静まって、

温かくて、どこか懐かしいような

「何か」が現れてくることがあります。

それがきっと、本当のあなた――魂そのものなんです。

だから、死を恐れる必要はありません。

本当に大切なのは、「今この瞬間をどう生きるか」。

魂は、いつだって「今ここ」にいます。

過去にも、未来にもいないんです。

最近、私の周りでも精神世界に興味を持ち始める人たちが増えてきました。

今まで必死に頑張ってきて、ふと立ち止まる。

そして気づくのです。

「何かが満たされていない」

「私という存在は、もっと大きな何かにつながっている気がする」――と。

私たちは、宇宙の一部としての“ほんとうの自分”を思い出したくて、

それぞれの道を歩いているのかもしれません。

そしてそれは、とても自然な、

魂の願いなのだと思います